歴史上、MLMを最初に導入したのは、カリフォルニアビタミン社(創業一九三四年)だといわれています。
商品の消費者が同時に販売員も兼ねるディストリビューター方式を採用した無店舗販売方式は、その後、世界各国へ広がっていきます。
しかし、本来のマルチ商法の発展とともに、マルチまがい商法(悪徳商法)もまた、アメリカで生まれました。
アメリカのMLMは、健全なMLMを社会的に認知させていく努力をする一方で、マルチまがい商法と峻別するための法的規制も厳しい環境にあります。
アメリカでは、MLMに対する規制は、他の悪徳商法と同様に日本の公正取引委員会に相当する連邦取引委員会)法第五条「不公正または欺臓的な取引行為・慣行の禁止」の包括規定のもとで行われています。
前章で明らかにしてきたように、日本では悪徳商法の摘発の少なさに比べると、米国は違法行為に対しては厳しい法的処置が断行されます。
たとえば、違法行為によって摘発された企業は、事業活動の停止・廃業といったことだけにとどまらず、経営者に対して「MLM業界からの永久追放とMLMという職業につくことを禁止する条件が付けられた例もありました。
アムウェイ勝訴の意義一九六〇年代に入ると、アメリカではホリディマジック、ベストラインといったピラミッド商法(悪徳商法)の代表的な企業が出現し、多くの参加者を獲得しますが、一九七三年、ホリディマジックは「非良心的で詐欺的商法」として、当局から出資金の全額返還と賠償を命じられます。
このころのアメリカの司法、行政当局は本来のMLMとピラミッド商法の違いが明確に理解されていませんでした。
ピラミッド商法に対する規制は、MLMも対象に含むようになり、後退、停滞せざるを得なくなり、活路を海外に求めるようになります。
アメリカのMLMが一大転機を迎えるのは、MLMの代表企業だったアムウェイがFTCから告発され、勝訴を勝ち取ったことでした。
四年をかけた裁判でアムウェイは自己の正当性を主張し、ついに一九七九年に勝訴します。
「アムウェイのMLMシステムは、ピラミッド商法の持つ本質的特徴を含んでおらず、人をだますような違法な商法とは認められない」という勝訴事由は、アメリカの一企業の勝利にとどまらず、世界のネットワークビジネスにとっても、画期的な意味をもつようになります。
専門家の言によれば、アムウェイの最終審決は、(一)入会金に基づくスカウト手数料の支払いが存在しない(二)在庫負担の強制がない(三)在庫払い戻しルールが存在(四)一月に購入した製品総額の七〇%を卸売または高利販売を義務付ける七〇%ルールが存在(五)新たな顧客一〇人ルール等が実効性を有して存在している以上のことを条件に、FTC法第五条にいう不公正な取引方法(ピラミッド商法)に該当しないとされたものです。
その後、このFTC審決は、実質的にMLMを評価するグローバルスタンダード化して、日本の行政にも大きな影響を果たしてきたということです。
(『消費者法ニュース甑47』「マルチレベルマーケティングと消費者問題」国士館大学法学部講師加藤直隆)アムウェイの勝利によって、違法性への懸念から弱腰だったアメリカの起業家は、再び(ネットワークビジネス)に積極的に参入していきました。
一九九〇年代には、(ネットワークビジネス)を導入する企業が急増し、その中にはエイボン・プロダクツなどの有名企業もふくまれています。
その一方で、包括法のもとで活発な規制も行われています。
ネットワークビジネスを合法ビジネスとして社会的認知を進めていますが、一方で、ピラミッド商法(悪徳マルチ商法)に対しては厳格にFTCの監視が怠りなく続いているのです。
③大成長を遂げる予測九〇年代から二十一世紀へと、アメリカでは、ネットワークビジネスへの期待はさらに高まっています。
世界的なベストセラーになった『金持ち父さん貧乏父さん』の著者として知られるロバート・キヨサキ氏は、こういっています。
「私には金持ち父さんがいたから今の成功があるが、今の人たちには成功するためにネットワークビジネスの世界最高の教育システムがある」前述した元アメリカ大統領クリントンの言葉もそうですが、学者、マスコミもネットワークビジネスの将来性を高く評価しています。
有力新聞、雑誌も期待をこめて、ネットワークビジネスの明日を論評しました。
「一九九〇年代に入ると、現存する全製品およびサービスの五〇%から六〇%がネットワークビジネスを通して販売されることになるだろう」(『ウォールストリート・ジャーナル』)「ネットワークビジネスに参加していないのは、それがいまだに理解できない人だけだ」『アップラインマガジン』首席ジョン・ミルトン・フォツグ)「ネットワークビジネスは、自由経済の中で大資本を持っていない普通の人間が経済的自由を得る最後に残された方法である」(作家ランディ・ケイジ)ちなみに、日本のネットワークビジネスの歴史は、アメリカの家庭用密封容器をメイン商品とするタッパーウェアが上陸した一九六〇年代から始まりました。
ディストリビューター制度を導入して営業を始めたのもこの会社です。
人口四ニ億人の巨大市場が流通ビジネスに開放された中国①WTO加盟後、市場開放へネットワークビジネスの誕生の地がアメリカならば、将来の可能性が大きく開いているのが、中国です。
中国は二〇〇一年十二月に」HO(世界貿易機関)加盟後、世界標準のビジネスを求めてきました。
その一つがフランチャイズであり、もう一つがネットワークビジネスです。
もちろん、新しいビジネスを国内に受け入れるには、賛否両論、貯余曲折がありました。
ざっと中国のネットワークビジネスをめぐる近年の動きを傭撤してみましょう。
中国政府は、WTO加盟の際、二〇〇四年末までに、中国国内における直販および小売業への外国資本参入の障壁をすべて撤廃するとの公約を行っていました。
公約どおり、同年十二月には、流通、サービス、通信、保険など九分野・九〇業種に関して、外資規制が撤廃もしくは緩和されました。
同時にフランチャイズに関する規制も撤廃されたことから、日本から進出していたコンビニエンスストアなども、すべて直営店として経営していた店舗を徐々にフランチャイズ化の方向へ転換します。
ネットワークビジネスもWTO加盟公約の一つに盛り込まれ、同時に解禁されるはずでしたが間に合いませんでした。
解禁のための法律づくりが間に合わなかったようです。
②「直接販売管理条例」と「違法マルチ商法禁止条例」を制定中国におけるネットワークビジネスが勢いを得ることになるのは、翌年、二〇〇五年の「直接販売管理条例(原語「直鎖管理条例」)」と「違法マルチ商法禁止条例(原語「伝鎖禁止条例」)」の制定からです。
ここで注目すべきことは、ネットワークビジネスの保護、育成するための条例と詐欺行為や違法マルチ商法を取り締まる条例が同じ年に制定されていることです。
中国では、違法マルチ商法による売り上げが二〇〇億元(約二六〇〇億円)に達しています。
約二六〇〇億円というのは為替相場換算の数字で、物価水準から考えれば、その五倍一兆三〇〇〇億円といった膨大な金額になるでしょう0そこで、中国政府は摘発に乗り出し、二〇〇四年一年間で約二八〇〇件が捜査対象となり、一万一千ヶ所の拠点が摘発され、延べ二〇万人の会員が解散に追い込まれています。
そうした意味からも、違法マルチ商法との峻別が直販法立法化の大きな目的であったといえるでしょう。
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