スペシャルな燃費 向上

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戦争中は敵を殺すことが善いこととされるじゃないか、なんて話をよく聞かされたものだ。
でも、ぼくの問題はそうではなかった。
そういう問題感覚をもっている子には、それならば何か善いことで何が悪いことかがもしはっきりわかれば、善いことをしなくちゃいけなくて悪いことはしちゃいけない、といえるのか、と聞き返せばよかったのだが、考えているうちにたいてい自分でも自分の問題の意味がわからなくなってしまった。
でも、聞き返したとしても、そりゃあそうだ、という答えが返って来たような気がする。
ぼくはずっと、なんかちがうな、と思いながら、自分の問題がうまくつかみきれずにいた。
中学三年のときに、みんなと道徳的善悪に関するちょっとした文集のようなものを作ったのだが、ぼくはそのときも、ほかの子たちと同じように善悪の基準のことについてしか書けなかった。
でもその点については、せいいっぱい考えて、自分一人で、後から思えば「功利主義」といえるような考え方を編み出した。
ついでにそのことを書いておこう。
それは要するに、善悪は幸福をつくり出すか不幸をつくり出すかで決まる、という考え方だ。
残念ながら、そのときは幸福と不幸という言葉を思いつかなかったので、「いいこと」と「嫌なこと」という言葉で考えたと思う。
人々が「好い」と感じる状態をつくり出すような行動が「善い」ことで、人々が「嫌だ」と感じる状態をつくり出すような行動が「悪い」ことだ。
被災地でのボランティア活動が善いことで、いじめが悪いことである理由がこれで説明がつく。
戦争中は敵を殺すことが善いこととされるのは、それが自分たちに好いと感じられる状態をつくり出すと信じられているからで、もしほんとうにある人を殺すことでみんなが好いと感じるなら、それは善いことだ、とぼくは考えた。
これはいわゆる功利主義的な考え方で、また、死刑容認論に通じる考え方だ。
ぼくはそのとき、何の問題もない一市民を殺すことで他のみんなの不幸が避けられるならば、その無実の人を殺すことは善いことなのか、といった、いわゆる正義と功利の対立の問題に、まったく思いいたらなかった。
当時のぼくの考えには、その他にも色々な欠陥があったが、それでもぼくは一つのことを発見し、ある確信をもった。
それは、人が好いと感じたり嫌だと感じたりする内容はさまざまだが、大体において一致する、ということだ。
どんな人もほとんど例外なく、病気であるよりも健康である方が好いと思っている。
だから、人の病気を治してあげることは善いことで、人を病気にさせたりケガをさせたりすることは悪いことなのだ。
そして、それはほとんど客観的にいえることなのだ。
人間が生きる目的(人生の意味)なんて、あらかじめ客観的に決まっているわけじゃない。
だから、どんな人生が好い人生で、どんな人生が嫌な人生かなんて、一般的にはわからないと思われもする。
でも、いま言ったことが正しければ、たとえば病気で一生苦しみ続ける人生よりも健康で過ごした人生の方が、少なくともその点に関する限り、好い、幸福な人生であることはハッキリしている。
実際、一生病気で苦しむことを望む人はいない。
健康で快適な気分で生きた方が好いに決まっているからだ。
そのときはぜんぜん気づかなかったのだが、ぼくはこの考察を通じて、ぼく自身の問題を考えるうえで決定的な、ある重要な発見をしていた。
この発見がほんとうに重要であることがわかったのは、つい最近になってからのことなのだが。
ここまで来たついでに、その点にもあらかじめ触れておこう。
お気づきのことと思うが、ここまでの叙述でぼくは、「好い」と「善い」を、そして「嫌な」と「悪い」を、使い分けてきた。
この違いがわからないひとはいないだろう。
健康であることは「好い」ことだが、べつに道徳的に「善い」ことであるわけではない。
また、病気であることは「嫌な」ことだが、道徳的に「悪い」わけではない。
病気をなおしてやることによって嫌な状態をなくし、好い状態をつくりだしてやることなら、道徳的に善いことだろうし、その逆なら、道徳的に悪いことだろう。
つまり、道徳的な善悪は、道徳外的な好悪(好いことと嫌なこと)に依存しているわけだ。
そうでない、それ自体としての道徳的善悪なんて、考えられるだろうか。
日本語の場合だって、どちらの意味も「よい」と「悪い」で表すことができる。
これが混乱の原因なのだ。
たとえば、ぼくは数年前にトマスの『コウモリであるとはどのようなことか』という本を翻訳して、あるところでそれを教科書として使った。
冒頭の「死」という章のそのまた冒頭にこうある。
「死は、われわれの存在の絶対的かつ永久的な終焉である、と考えられている。
だが、もしそうだとすると、死ぬことははたして悪いことなのかどうか、という問いが起こるであろう」。
この箇所を問題にしたとき、ある学生さんが「死ぬことが悪いことかどうかを問題にできるのは、自殺の場合だけではないか」と言いだした。
ぼくは最初、彼女が何を言っているのかわからなかったが、よく聞いてみると、どうやら問題を、死ぬことが道徳的に悪いことなのかどうか、という意味に取ったらしい。
驚いたことに、ほかにもそう取った学生さんが何人もいた。
いやはや、日本語の「悪い」という言葉がそれほどまで道徳的善悪の意味に浸食されているとは!もちろん、ネーゲルは死ぬことの道徳的善悪を問題にしたのではなかった。
だが実は、ことはもっと深刻なのだ。
たとえば、十年前ぐらいまでは代表的な倫理学の教科書であったY『倫理学の根本問題』なんて本を読んでみると、全体の論旨がこの混同によってなりたっていることがわかる。
これ以外にも「人間はよく生きることを望まざるをえない存在だ」とか言って、この「よく」の意味を道徳的な「善さ」の意味にすりかえてしまう議論はいまだにあとを絶たない。
最初にこれをやったのは、あのソクラテスだ。
もちろんそうなれば「なぜ善いことをしなければならないか」といった問いは無意味な問いになるだろう。
でも、いったいどうしてこんな混同が起こるのだろうか。
思いつく答えはこうだ。
たしかに好いことは道徳的に善いこととはちがうし、嫌なことは道徳的に悪いこととはちがう。
でも逆はどうか。
道徳的に悪いことは、多くの場合、また嫌なことでもあり、道徳的に善いことは、多くの場合、また好いことでもあるのではないか。
つまり、善いことは好い感じを引き起こし、悪いことは嫌な感じを引き起こす。
すると、善悪は好悪に依存していたはずなのに、その善悪それ自体はふたたび好悪に含み込まれることになる。
でも、それはほんとうか。
ほんとうに含み込まれているか。
言葉の使い方(概念の枠組み)自体が、ほんとうは存在している上げ底を隠しているのではないか。
善いことは好いことに、悪いことは嫌なことに、包み込まれはしない。
たとえば「いじめ」は悪いことだが、いじめている側にとっては嫌なことではなく好いことなのだ。
だからこそいじめるのだ。
つまり、悪いことは(少なくともそれをする当人にとっては)ふつうに好いことであり、善いことは(少なくともそれをする当人にとっては)たいてい嫌なことである。
この単純な事実は、単純であるにもかかわらず、非常にしばしば、隠され、ごまかされ、否認されている。

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